福島こそ私が学んできたことを役立てられる場所だと感じた

オレナ・パレニューク 特任助教

IERにいらっしゃる前は、どのような組織でどんな研究をされてきたのですか?

私は博士課程を修了してすぐ福島大学環境放射能研究所(IER)に入ったのですが、博士研究はウクライナ農業放射線研究所(UIAR)で、現在の研究と基本的に同じテーマ、つまり、バクテリアと放射性セシウムの相互関係について調べていました。少し違う点は、ある特定のバクテリア種に特化して研究を行っていた点でしょうか。土壌中にそのバクテリア種がいることによって、植物による放射性物質の吸収効率が上昇することを実験室レベルでは確認しました。

福島に来ようと決心したきっかけは何ですか?

哲学的な質問ですね(笑)。ウクライナでは若者向けの科学プログラムがあって、私は14歳のときから放射線生物学に興味を持って勉強を始めました。2011年、福島で原発事故が起きたことを知り、福島こそ私が学んできたことを役立てられる場所だと感じたのです。世界中のどこでもなく、唯一、自分が役に立てるところが福島だ、と。貢献できるのは、ごく限定的な分野になりますけど。

IERで研究してきたこと、わかったことを教えてください。

IERでは生態系プロジェクトのメンバーとして、福島の高線量地域の土壌微生物の研究をしてきました。土壌中に放射性物質があることによって、土壌バクテリアの生物多様性がどのように変化したか、変化があったとすれば、その変化によって土壌中の生態系がどう影響を受けたかということを調べています。

このような研究は、福島の事故の影響を明らかにするために重要なだけでなく、今、世界的に関心が高まっている微生物多様性の解明に向けた取り組みの一環としても重要なものです。地球上のすべてのバクテリアのうち、解明されているのはわずか20%以下でしかないってご存知でしたか?

ともかく、今まで集めたデータを見る限りでは、微生物相の構成に放射線の影響が見られることは確かです。ただ、本来、バクテリアがもっと高い線量に対する耐性を持っていることを考えると、これはかなりインパクトのある調査結果です。ですから、論文として発表する前に、知り合いの研究者に頼んでこの調査結果を検証しています。

研究の途中で何か困難なことはありましたか?

私の専門は生物学ですが、IERでの研究のために、新たにバイオインフォマティックス(生命情報学)を学ぶ必要がありました。2つのプログラミング言語や新しいOSを習得しなければなりませんでした。

バイオインフォマティックスの難しいところは、コンピュータにデータを入力して計算させるのですが、こちらが間違ったデータを入力しても、「それは間違ったデータだ」と教えてはくれません。間違ったデータを入力すれば、間違った結果が出てきます。わずかな誤りがそれまでやってきたことを台無しにする可能性があるということです。ですから、生物学とプログラミング両方の知識を持っている知り合いの研究者に私の解析のやり方が正しかったかをダブルチェックをしてもらっているのです。

チェルノブイリと福島で、大きな違いはありますか?

そうですね、大きな違いの1つは、ウクライナは日本よりもはるかに広大な国土を持ち、人口密度は逆に低いので、汚染された地域を(住民の帰還を考慮することなく)そのまま放置しておくことができたのに対し、日本の政府は避難された方々がふるさとに戻れるよう、懸命に除染を行っているという点です。

科学的な面では、まず土壌の性質が大きく違います。チェルノブイリの土は酸性で、砂土が多いのが特徴です。そして有機物含有量も低い。日本の土は非常に豊かで有機物も多く、pH値は6~6.5でほぼ中性です。炭素や窒素の割合も大きく異なっています。チェルノブイリと福島のデータを比較する場合には、こうした土壌の性質も考慮に入れる必要があります。

土壌が違うので当然バクテリアも異なります。バクテリアというのはその土地固有のものです。例えば日本の杉を食べる微生物は、チェルノブイリでよく見られるヨーロッパアカマツは絶対に食べません。同じ属に属していても種が違うのです。

バクテリアは、細胞の寿命が平均20分なので、ものすごいスピードで進化します。20分ごとに世代交代をし、そのたびに少しずつ進化していって、その環境に適したものが残っていきます。ですから、放射能がバクテリア生態系に影響を与えているという仮説はあり得ない話ではありません。放射能に耐性のないバクテリアは死滅し、耐性のあるバクテリアは増えていくので、5年が経てば土壌中の微生物相は大きく変化している可能性はあります。

福島や日本の印象はいかがですか?また、帰国後はどのように福島と関わっていかれる予定ですか?

日本はヨーロッパとはまったく違う国で、日本に来る機会を持てたことは幸運だったと思います。日本での生活は「ミステリー」に満ちていました。ヨーロッパとの文化や習慣の違いを経験できて、とても面白かったです。

福島は、とても自然が美しいところだと思います。IERのオフィスから見える山の眺めは本当にきれいです。人々もとても親切で、いろいろと助けていただきました。

東京に遊びに行ったこともありますが、東京はとても混んでいて忙しい都市で、日本での滞在が福島でよかったなと思います。福島はコンパクトで住みやすい町だと思います。

4月いっぱいで帰国する予定ですが、帰国後もIERの研究者とはコンタクトを取り合って、研究を継続していきたいと思っています。また、IERの同じ生態系プロジェクトで活動してきた共生システム理工学類の難波教授の研究室には、私の研究テーマと似た研究をしている学生さんもいらっしゃるので、学生交流も含めて交流を続けていけたらと思っています。