帰国後も研究グループとして福島での成果を発表していきたい

バレンティン・ゴロソフ 特任教授

IERにいらっしゃる前は、どのような組織でどんな研究をされてきたのですか?

モスクワ大学地学部で1986年にPh. D、2004年にDoctor of Scienceの学位を取得した後、同大学で技術スタッフから主任研究員までさまざまなポジションの職務に従事してきました。1988年から1998年までの10年間は、地形学者としてチェルノブイリ事故の影響調査に携わり、事故で発生した放射性降下物の浸食作用に伴う移行や山間部における浸食・削剥(さくはく)作用について研究を行ってきました。また、国際原子力機関(IAEA)のいくつかの共同研究プロジェクトに地形学専門家として参加したほか、IAEAのトレーニングコースの講師なども務めました。

なぜ福島に来ようと思われたのですか?

子どもの頃から自然が好きで、夏休みは農家をやっていた祖父母の家で過ごしていたのですが、農業が自然にどのように影響するのか、特に土壌と水の作用に興味を持ちました。後に、土地の劣化や水質に最も大きな影響を与えるのが浸食作用であることを知り、大学で地形学を学ぶことにしたのです。そして、先ほども申し上げたように、チェルノブイリ事故後は地形学者として、浸食作用による放射性物質の移行を研究してきました。放射性物質など汚染物質の環境中における水平移動は、土壌の浸食作用と密接に関連しています。原発事故によって放出され、降下した放射性物質は、土壌中に固定されたり、土壌とともに環境中を移行したりします。福島事故由来のセシウム137の今後の移行経路を解明するのに、チェルノブイリでの研究で得た知識と経験を生かせるのではないかと思ったのです。

IERで研究してきたこと、わかったことを教えてください。

私は、アレクセイ・コノプリョフ先生、脇山義史先生と一緒の研究グループで、土壌中および流域内の異なる環境(傾斜地、傾斜地の集水部、河川、湖沼など)における放射性物質の垂直移動や水平移動について研究しています。私は主に、適切な試料採取が可能な地点の選定と、観測および分析結果の解釈の部分を担当しました。

研究結果の一部はすでにいくつかの国際科学誌で発表していますし、近々発表する予定のものもあります。主な発見のひとつは、チェルノブイリの汚染地域と比べ、福島では気候や土壌の違い、そして積極的な除染によって放射性物質の垂直移動が速く、その結果、土壌とともに河川に流れ込んだ放射性物質の海洋への移行が促進されているということです。もうひとつは、例えば昨年(2015年)9月に起きたような、非常に大きな洪水が起きると、河川の放射性物質が洗い流され、同時に汚染されていない土砂が氾濫原に流入するため、河川生態系全体としての放射線量が大幅に低減するということです。

チェルノブイリと福島で、大きな違いはありますか?

地理学的な観点から、チェルノブイリと福島の大きな違いは2つあります。ひとつめは、汚染地域の面積の違いです。チェルノブイリ事故では、南はギリシャから北はノルウェー、西はフランス・イギリスまで、ヨーロッパのほとんどの国が影響を受けました。多くの国では、汚染レベルはそれほど高くありませんでしたが、北欧諸国、オーストリア、ポーランド、ドイツなどの一部では、高い濃度の汚染が検出され、チェルノブイリ周辺のウクライナ、ベラルーシ、ロシアでは深刻な汚染を受けました。それに比べると、東京電力福島第一原発事故で深刻な影響を受けた地域の面積が小さく、事故で放出された放射性物質の大半は太平洋に降下したという点です。

ふたつめは、セシウム137が固相(土壌)と液相(土壌溶液)間での動きやすさを表す分配係数(Kd)という数値がありますが、これは気候と直接的な関係があり、温暖湿潤気候の日本と大陸性気候のチェルノブイリでは、この数値が大きく異なっているということです。福島では、チェルノブイリの2倍近い降水量があり、冬に土壌の凍結はほとんどありません。そのため、あらゆる化学プロセスがより活発になり、セシウム137の土壌中の垂直移動も促進されます。また、福島は山地が多いという点も大きな違いです。気候の違いは2つの地域の地球上の位置に起因します。チェルノブイリは安定した大陸プレートの真ん中に位置しているため、地震もほとんど発生しませんが、福島は太平洋プレートとオホーツクプレートの境界上にあり、地震や火山活動などの地殻変動が活発です。

福島の復興のために、これからどのような方向に進むべきでしょうか?

それは難しい質問ですね。なぜなら、経済面と環境面と社会面でのバランスが要求されるからです。避難を余儀なくされた方たちは、公的な支援があるとはいえ、新しい地域で生活を再建するのは大きな困難を伴います。一方、除染が終わったとしても、元の地域に戻ることも難しいでしょう。事故の影響を受けた地域を将来的にどう再建していくかについては、社会学者が元の住民の意見を聞くなどして調査をする必要があると思います。例えば、高線量地域を(チェルノブイリのように)国立公園のような形で管理するという道もあると思いますが、私はこの問題について発言する立場にはないと思います。

もうすぐご帰国の予定ですが、今後、どのように福島と関わっていかれる予定ですか?

私は、1年に2ヵ月間だけ福島に来て研究するというサイクルで3年にわたって福島と関わってきました。本務はロシアのカザン大学とモスクワ大学であり、現在、ロシア政府の予算による大型科学プロジェクトのリーダーを務めています。そのほかにも、ロシア国内のプロジェクトや国際的なプロジェクトに関わっており、博士課程の学生数人の指導教官でもあります。帰国後ももちろん環境放射能研究所とは協力関係を継続していきます。福島で収集したデータやサンプルの分析もまだ残っていますし、研究グループとして福島での研究の成果を論文として発表していくことも考えています。また日露間の共同研究プロジェクトもありますので、そういったプロジェクトに応募してまた福島と関わる可能性もあると思います。

最後に、日本や福島についてどんな印象を持たれましたか?

私の友人でモスクワ大学に勤める科学者が10年ほど前、京都に1年間滞在し、そのときの印象を1冊の本にまとめました。彼は、日本の文化や伝統、自然、人々のことをとても温かな言葉で綴っています。私は、東日本大震災や福島原発事故の後という非常に大変な時期に、通算で半年程度滞在しただけですが、彼と同じ印象を持っています。ただ、彼のように文才がないので本は書けませんが、日本の人たちはとても親切で、礼儀正しく、勤勉で、それが伝統や自然を守っているのだなと思いました。春の桜は見事でしたし、公園をはじめ、個人宅の庭などもきれいに手入れされていて感心しました。温泉もたくさんあって、癒しと健康にとてもいいと思いました。コーカサス地方やパミール高原の温泉にも入ったことがありますが、日本の温泉は単なるお風呂の域を超えていると思います。ロシアへの帰国前に妻と息子が来日し、一緒に日本国内を旅行することになっています。福島とは違った日本の別の面を見られるのを楽しみにしています。