事故の教訓を残し、次世代につなげる

脇山 義史 准教授

現在の研究分野(水文地形学)に興味を持ったきっかけはなんですか?

「水文地形学」は博士課程でご指導いただいた先生の書籍からとった用語で、端的にいうと水循環と地形変化の相互作用を明らかにする学問です。土砂動態に関する研究、水や土砂の移動にともなう放射性核種の動きに関する研究を行ってきた中で、土壌や土砂の性質、水の動きと力、地形が変化していく過程、それらの相互作用を考えることが重要であることを学びました。そうした研究の方向性を示すため、現在では自分の研究分野として水文地形学という語を使用しています。

学部生の頃は砂漠化に興味がありました。砂漠化の要因として土壌侵食があることを知り、土壌学研究室に所属し、ヒノキ人工林における土壌侵食に関する研究を行いました。大学院に進学して、修士論文では放射性降下物(グローバルフォールアウトの137Cs、天然の210Pbex)を用いた土壌侵食量の推定をテーマとして選び、博士課程でもこの手法を用いた研究を行いました。土壌侵食量を測るためには、観測機材を設置して土砂や水の移動量を直接測るのが主流ですが、放射性物質を用いて侵食量を推定するという間接的な手法は当時まだ珍しく、面白い結果が出せそうだと思ったことがきっかけでした。

IERに着任する前は、どのような組織でどんな研究をされてきたのですか?

2010年から筑波大学陸域環境研究センターで中部山岳地域を対象とした研究プロジェクトの研究員として働いていました。その研究プロジェクトの一環として、雨水や河川水の安定同位体の測定や融雪出水に関する観測を行い、これらの研究を通じて水文学や気象学の多少を学びました。その後、2013年10月から筑波大学アイソトープ環境動態研究センターに勤務しました。アイソトープ環境動態研究センターはもともとゲルマニウム半導体検出器などの機器を保有していたため原発事故直後から放射性物質の観測をしており、私も着任後から福島を対象に現在の研究につながる土壌侵食にともなう放射性核種の移動、河川を通じた放射性核種の移行に関する研究を行うようになりました。

IER/福島に来ることになったきっかけを教えてください。

ERが設立されたのは2013年7月ですが、その頃から筑波大学のメンバーとして、調査のため福島を度々訪れて、IERでも作業をさせていただきました。ゴロゾフ先生(2014年3月~2016年4月IER在籍)、コノプリョフ先生やジェレズニャク先生を筑波大にお連れしたり、一緒に現地を見に行ったりとIER設立当初から思い出があります。研究を進めるうちに、上司に勧められて2014年度のIER教員公募に応募し、2015年にIERに講師として着任後、現在に至ります。

福島で実際に生活してみると、観光資源に恵まれているなと感じています。温泉、火山、湖、スキー場など、およそ2時間あれば魅力的な自然を満喫できるのでとても面白いところだと思います。

2013年、設立直後のIERにて(左端が脇山講師 ※筑波大学所属当時)

IERで行ってきた研究、わかってきたことについて教えてください。

IERでコノプリョフ先生らと実施している帰還困難区域内のため池での研究では、水中の浮遊物の137Cs濃度が長期的に低下することを示しました。

また、筑波大学在籍時から継続している土壌侵食プロットでの観測結果をまとめ、どれくらいの雨が降れば、どれくらいの土砂、137Csが移動するのかを定量的に示すことができました。調査のなかでは川に設置した観測機材が大雨で流されるなど苦労もありました。

帰還困難区域のため池
池の水のサンプル採取に向かう様子
傾斜地に設置した土壌侵食プロット
枠で囲まれた区画から流出する土砂と137Csの量を観測

現在では、河川における137Csの動態の研究に力を入れています。これまでに様々な場所で行われた研究によって、平水時の河川における137Csについて、多くのことがわかってきています。例えば、水に溶けた状態(溶存態)として存在している137Csの濃度が競合イオンの濃度と相関することや、水中の浮遊物の137Cs濃度が浮遊物自体の粒の大きさに依存することなどが報告されています。しかし、自分で出水時に取った河川水を分析すると、平水時に成り立つ関係が成り立たない場合があることがわかってきました。他のどのような要因によって、137Cs濃度が変動するのか、今のところはっきりとはわかりませんが、様々な河川を対象としてデータを蓄積しながら、どのような要因に137Cs濃度が支配されるのか、理解を進めていく必要があると思っています。

2019年度から新たに環境放射能学専攻修士課程が開設され、学生指導も担当するようになりました。指導している学生のひとりが、出水時の河川を研究しています。雨が降って河川が増水し始めてから、水量が再び減るときまで、河川水の137Cs濃度の時間変化を調べています。その調査は大変ですが、結果が出てくれば楽しいですし、今後研究を継続していくのに面白いテーマだと思っています。

出水時の河川の様子(福島市阿武隈川)

今後、どのような研究を行っていきたいですか?

今後も福島を拠点に、陸域における放射性核種の挙動に関する研究を継続して行っていきたいと思います。私の研究は野外観測がメインなので、地域に根差してやっていくことが必要なのです。さきほどお話ししたように、出水時の河川では放射性核種がどう動いているのかということについてのデータがまだまだ少ないと思いますので、安全に配慮しながら研究を進めていきたいと思っています。また海洋専門の先生と協力して、河川での土砂や放射性核種の移動が海に与える影響についての研究を進めることも考えています。

研究には終わりがなく、次々と課題が浮かび上がるので、最終的な目標を立てることは難しいですが、その時々で、「こんなデータがとれたら面白いな」とか「この条件とこの条件で比較したらどうだろう」といったことを考えています。小さな課題を見つけて、答えを出していくことを積み重ねていきたいと思っています。

環境放射能学を勉強してみたいと思っている人へ、メッセージをお願いします。

環境中での放射性核種の動きを知るためには、分野の枠を超えた研究が必要だと考えています。通常は分野が近い人同士が集まって研究機関を組織しますが、IERでは、例えば遺伝子を研究している先生から自分のような土壌を対象とする研究者まで、幅広い専門分野の研究者が集って協力し研究をしていること、この学際性がIERの特別な点です。そのため、環境放射能に関する課題に取り組みたいと思えば、どんな分野の人でも一緒に研究をしていくことができると思っています。

環境放射能を研究する意義の一つとして、事故の教訓を残し、次世代につなげることがあると思います。過去の大きな原子力災害として、チェルノブイリ原発事故がありますが、IERにはその事故後の研究を行われた先生方が在籍されています。そうした先生方は豊富な経験や広い知識をお持ちで、知識や経験を伝え続けることの大切さも感じているところです。あってはならないことですが、過去の事故の経験や知見を、将来的に起こりうる原子力災害に対する備えにすることが、環境放射能学を学ぶ人の使命だと思います。