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スタッフ

研究者インタビュー

トーマス・ヒントン教授

トーマス・ヒントン (Thomas Hinton) アメリカ合衆国出身。専門分野は放射生態学。2015年3月から教授として環境放射能研究所に着任。

IERにいらっしゃる前は、どのような組織でどんな研究をされてきたのですか?

 最初はスイスで研究活動を始めました。チェルノブイリの事故後まもなくで、事故による放射性物質についての調査に取り組み、植物による放射性物質の取り込みを研究するためにチェルノブイリでの実地調査を数回実施しました。植物の根と葉からの取り込みを調査しようと考えていたのです。しかしチェルノブイリの植物はすっかり汚染された状況で調査のしようがありませんでした。そこで、私と同僚が思い付いたのは、スイスで汚染されていないきれいな植物を鉢で栽培してからチェルノブイリの汚染された畑に移し替えるというアイディアでした。育てた植物を車に積み込んでスイスからチェルノブイリに向かい調査が実現しました。

 スイスの後は、ジョージア大学サバンナリバー生態学研究所で17年間仕事をしました。すばらしい科学者グループと研究に取り組み、放射生態学研究所を指揮・管理しました。研究は、放射性物質の植物による取り込みのほかにも湖沼における移行や汚染土壌の浄化に関する調査など広範囲にわたり、私は次第に放射線が及ぼす影響に関心を持ち始めました。ご縁かもしれませんが、私が最初に取り組んだ生物種が日本原産のメダカでした。当時は日本に住むことなど予想しておりませんでしたから不思議なものです。

 その後、南フランスの放射線防護・原子力安全研究所(IRSN)に迎えられ6年間勤務しました。ヨーロッパ内8カ国10の組織からなる放射生態学分野の専門家ネットワークのコーディネーターを務めました。管理者としての役割を担い、異なる国の人々から文化の多様性を学べたことは、私にとって非常に貴重で興味深い経験となりました。

福島大学環境放射能研究所に来ることになったきっかけは何ですか?

 フランスはすばらしいところでしたが、仕事は主として管理業務でしたので、自分の研究を思うように行うわけにはいきませんでした。 そうした時に福島大学環境放射線研究所が教授職を募集していることを知り、福島で調査ができる可能性を感じました。福島でしか行えない研究課題があることに強い関心をもったのです。幸運にも受け入れられ、環境放射能研究所で仕事を始めて約3年になります。

IERで研究してきたこと、わかったことを教えてください。

 環境放射能研究所では、野生動物生態学を専門とする同僚と研究を始めました。私たちは汚染地域に残った野生動物に対し放射線が与える影響に着目しました。ご存じの通り、原発事故後、多くの地域から人々は避難しましたが、多くの野生動物はそこに棲み続けています。こうした野生動物の状況がどう変化しているのか、放射線はどのように影響しているのか。こうした疑問を解明するために、私たちは野生イノシシを主として調査を行ってきました。特に野生動物が受ける放射線量を正確に測定することに注力していますが、これが難しいのです。野生動物は、森林、草地、川、水田など、汚染状況が異なる様々な環境を自由に歩き回ります。森林でどれだけ過ごしたか、水田での滞在時間はどの程度だったのか。どうしたらそれぞれの場所で受ける汚染レベルの違いを説明できるのか。

 そこで私たちは新たなツールをいくつか開発しました。ひとつは線量計付GPS首輪です。イノシシ用の大型のものと、アライグマなど小動物用のものを制作しました。動物を捕獲後、麻酔をかけて首輪を装着します。GPSによって位置追跡が可能となり、野生動物の移動経路と様々な場所で過ごした時間と被ばく線量を知ることができます。ネズミ類の場合、移動経路の追跡はしませんが、OSL(Optically stimulated Luminescence:光刺激蛍光線)チップを搭載した超小型の首輪を装着することにより、動物が受けた放射線量を計測することができます。大型の首輪は特に画期的です。私がフランスで仕事をしていた時に、ジョージア大学のジムビーズリー助教授と一緒に開発しました。世界には例がなく、私たちが発明したと言えるでしょう。

 これはGPS首輪ですが、黒い箱には特別な放射線検知器が収納されています。人間が汚染地域に入る際に外部被ばく線量を知るために装着するヒト用の放射線検知器から電子装置部分を取り出し収納しました。これにより野生動物の移動経路と外部被ばく線量を知ることが可能になったのです。これは野生動物の外部被ばく量とその影響の関係性を知る上で非常に重要なことです。


 他のツールとして、やはりジムビーズリー時教授と開発したセンサーカメラがあります。これを避難地域のいたるところに設置するのですが、私たちは野生動物の通り道に沿って設置しました。動物がカメラの前を通ると作動し画像が記録されます。

 これらのツールが示しているのは、野生動物の個体数の増加です。特に野生イノシシのセンサーカメラ記録数は、放射線量が最も高い場所が最多でした。その理由は放射線自体ではなく、放射線量が高いために人間が避難したことにあります。人がいなくなることが、野生イノシシにとっては好都合ということです。ほとんどの野生生物種は、人間が存在しない、または少数である場所を好みます。つまり、たとえ放射線量が高くても、人口が減少した場所では野生イノシシの数が増加するということです。この現象はチェルノブイリでも確認されました。チェルノブイリではオオカミにこの首輪を装着して調査しました。そして今回、福島の野生イノシシや他の生物種でも同様の現象が確認されました。

今後は、どのような研究活動を行っていく予定ですか?

 今後も同じ研究を続けます。とにかく興味深くやりがいがありますし、この研究をしているのは私たちだけなのです。この環境放射能研究所では国際色豊かなすばらしい研究者が熱心に研究に取り組んでいて、ここで活動できることをうれしく思います。私たちの研究成果が結集され、日本の人々、避難生活を続けている人々の役に立つことを望んでいます。

 現在は、帰還可能な地域が広がり、帰還しようとしている人々が増えてきました。多くの町や村が除染作業を実施し、人々が帰還できるようになりましたが、帰還に対して不安を持っている方もいらっしゃいます。私たちが行っている野生動物に対する放射線影響の研究がその解消に役立つかもしれません。

プライベートまたは仕事上で、日本・福島・環境放射能研究所で興味深かった点や、印象に残ったお話があればお聞かせください。

 いい質問ですね。長いリストができそうです。

 まず、日本に住んで、日本人のおもてなしの心にとても感動しました。人々は皆さん非常に親切で、犯罪も少なく、礼儀正しく好意的で、日本は本当にすばらしい国です。また、温泉のすばらしい癒やし効果も知りましたし、ラーメン、日本そば、お寿司など、日本食の美味しさにも驚きました。日本の子供たちがおそろいの帽子をかぶって学校に通う姿もかわいくて大好きです。

 仏教寺院など山あいの神聖な場所に行くのも大好きです。日本人にとっての崇拝の場所で何百年もの歴史があって、非常に神聖な雰囲気を感じます。同時に、こうした場所が長い年月の間ずっと守られてきたために、そこの樹木が非常に大きく成長してきたことに、生物学者として驚きを感じました。樹齢千年の杉の木は本当に大きくてとても美しいです。 日本は全国で山々が身近にあり、とても素晴らしい経験ができました。

 また、私はサイクリングが大好きなのですが、日本は歩道が整備されていて、自動車は自転車を優先してくれるので安心して自転車に乗ることができます。福島のジャズバーも大好きです。私にとってとても特別で、福島で最高のジャズミュージックを楽しめるところだと思います。最後に、冬に阿武隈川に渡ってくる白鳥です。すばらしい、の一言です。

 日本に暮らせてとても幸運だと感じています。もうしばらく日本での暮らしが続くことを願っています。


2017年10月 環境放射能研究所 研究室にてインタビュー